作:濱崎 須雅子
講評:宇治十帖のうち五帖にわたる「浮舟」の物語を凝縮し、よく練り上げられている。宇治川を錦玉羹の凹凸でシンプルにあらわすことで、かえって流れの速さを表現している。その流れの上に一点、金銀の丸い玉が浮かび、流されていく浮舟の姿とわかる。川面の下の羊羹が、浮舟の浮き感の表現を支えるとともに、全体として法衣のイメージを投影する。薫君と匂宮の愛に翻弄される姿としての浮舟の心情をもあらわし、物語世界を素材、色とともによく表現していて無駄がない。
展示会場: 有斐斎 弘道館
デザイン画を見る作:田中 惠厚
講評:須磨巻で光源氏との別れを惜しむ花散里の詠を題材とする作品。涙に濡れる衣の袖に月の光(光源氏とかける)が降り注ぐさまを、抽象的にあらわしていて完成度が高い。円柱の中の襲(かさね)のバランス感覚に工夫があり、一見、京菓子としてはやや派手な色合いのようにも見えるが、そのバランス感覚ゆえの優雅さは、まさに王朝文化の感覚だと感じる。デザイン画の美しさにも圧倒させられた。
展示会場: 有斐斎 弘道館
デザイン画を見る作:浅野 斗唯
講評:藤壺の思い出の場面をあらわした作品。生と死を衣の形で表現するとともに、藤の花を、白衣の上にはヘラで押す凹、藤色の衣の上にはハサミで切り上げる凸という、二種の表現を指定している。京菓子としてはやや具象的ではあるが、思いの深さが詰まっており、素直な表現を評価した。
展示会場: 有斐斎 弘道館
デザイン画を見る作:Doutreleau Juliette
講評:光源氏の移り気な恋模様を、三人の愛人を象徴する三色の餡と味で表現した作品。伝統的な色合いとシンプルな姿。それを裏切るような味の複雑さと新しさ。その独創性に、京菓子の次世代感を感じた。食べる人はあれこれと場面や心情を想像し、菓子をきっかけに、共にいる人同士の会話がはずむことだろう。菓子を食べる場を意識して作られており、その点も大いに評価したい。整形のしかたや、黒文字を入れたときの断面の姿など、改善点はあるものの、大いなる意欲を評価し、今後に期待する意味で大賞とした。
展示会場: 有斐斎 弘道館
作:辻 晶子
講評:紫の上と明石の上という、二人の母の、明石の姫君への思いをあらわす作品。朱色の鮮やかさがひときわ目に飛び込み、茶席で食べたいと思わせる華やかさがよい。誰が袖型の変形だが、巻き方が独創的で、角と丸みのバランスの良さが菓子としての美しさにつながっている。菓子としてのメッセージである「母の思い」もこのフォルムに集約していて、思いの伝わる形として成功している。
展示会場: 有斐斎 弘道館
作:河野 浩子
講評:「花宴」で深夜に朧月夜が口ずさんでいた歌を題材にした作品。心惹かれた光源氏は彼女の袖を引き寄せ、須磨への蟄居につながる出会いとなる場面である。闇夜に浮かぶ月が印象的に表現されている。よく見れば、黒の練り切りに複数の直線と桜花。やや表現が過多ともいえるが、全体として綺麗にまとめられている。ほろ苦いブラックココアがきいていて粋な作品。
展示会場: 旧三井家下鴨別邸
作:増田 雅也
講評:蛍兵部卿宮が玉鬘の美しさに心を奪われる一幕。言葉で伝えるよりも、言葉を発せず身を焦がす蛍のほうが深い思いでいるという歌をひく。闇の中に灯る一筋の光という、シンプルな造形のうえに、銘を聞き、また焦がした松の実を口にして、人物の深い思いを知るという、京菓子のもつ五感表現をよく理解して作られており、秀逸である。
展示会場: 旧三井家下鴨別邸
作:河村 幸造
講評:「桐壺」にて、亡き母の面影を求める光源氏と藤壺をあらわした作品。中心の丸いピンク餡が源氏。それを包み込む藤色のグラデーションが美しい。銘もわかりやすく、かつ印象的で、見た目の表現と相まって、物語世界が食べる人によく伝わる点が評価される。学生ながら実作部門での応募というところも評価した。
展示会場: 有斐斎 弘道館
作:Doutreleau Juliette
講評:Julietteさんの創作されたお菓子に感動しました。
全体の印象はむしろ伝統的な色合いと姿で、とても上品で、外国の方が作られたとは思えない、しっとりとした和様な感じられました。
ところが食べてみてびっくり。実に複雑な味です。
素材を見ると、カシスやほうじ茶、バニラ、バタフライビーなど、ちょっと理解に苦しむような素材が組み合わされていて、驚きました。
完成された味かといえば疑問が残ります。本来の白あんやきな粉の味はどこかへいってしまっているように感じられます。和菓子の外ヘ一歩踏み出した新鮮さとここから和の世界に半歩戻った時に生まれるであろう世界を期待する意味で、私の特別賞を差し上げたいと思いました。
展示会場: 有斐斎 弘道館
作:東 嘉美
講評:私自身が拝見して、素敵だな、いただきたいな、と思ったものを選びました。
この作品は、作者ご自身がこの場面がお好きで、どのように読み、解釈をされているのか…そんなことが伝わってきました。麗らかな春の日の雰囲気を感じます。その一方で、「春の秘密」という作品名や飛びだしてきた「黒い猫」から、何かが起こってしまいそうな違和感、危うさも感じさせます。抽象的なデザインの作品が多い中、具体的に表現した作品のため、存在感があり、目にとまりました。
『源氏物語』の魅力、素晴らしさを味わっていただけるような作品だと思います。
展示会場: 有斐斎 弘道館
作:河野 浩子
講評:漆黒の中に浮かび上がる金が印象的です。丁寧な仕事がなされており、近づいて見ても美しい。後に残るブラックココアの香りも味わい深い。
展示会場: 旧三井家下鴨別邸
作:鈴木 昌子
講評:今回も色々と優秀な作品揃いで、悩みましたが、その中から「うたかたの白」を選ばせて頂きました。
外郎で宝珠形に美しく造られており、この白さは夕顔のさまざまなイメージから浮かび上がったものです。
紫式部の描いた「美しくも儚き白」をテーマに考えたと書かれており、光源氏の涙や夕顔の純粋な心を錦玉で美しく仕上げられています。 白餡を包んだ外郎生地は柔らかく、錦玉の配置も良いです。
また「女性の純粋さ」を表しているような食管の柔らかさや「白」も、作者の思いが形になっており、そういった中での味わいが感じられました。茶席菓子として洗練された優秀な作品であると思います。
展示会場: 旧三井家下鴨別邸
作:辻 晶子
講評:「母ごころ」は、抑えた朱色の鮮やかさに意表をつかれるものがありました。実物は、色彩も造型も応募写真の印象より優れており、この作品から、特に茶席という場を想起することができました。
すべての応募作品にそれぞれの想いが結晶しており、一個の京菓子として成り立っていますが、それが茶席の情景をリアルに感じさせる、というのは、ありそうで、なかなか珍しいことのように思われます。
展示会場: 有斐斎 弘道館
作:馬場 寛親
講評:多数の応募の中から選ばれた見事で素晴らしい作品ばかりで最後まで悩みました。私はコンセプトを見た目だけでなく味や食感も含めて評価する「実作部門」に焦点を当てました。また、京都はいろいろ文化を取り込んでいかなくてはならないと思う気持ちがあります。
「哀焔」は、六条御息所の高貴さと苦しみを、従来の京菓子では素材として使用されない香りのあるスパイスを挑戦的に取り込みながら表現されています。六条御息所の苦闘を表す墨色の生地には、非常にエキゾチックな風味がある「スパイスの女王」のカルダモンを練り込み、光源氏への執着が深紅の炎となり溜まっています。ちょっと他には味わえない際立った個性的な外観・味に惹かれ、私の票を入れさせていただきました。
展示会場: 有斐斎 弘道館
作:石原 知美
講評:錦玉羹を使って涼やかで気品のある菓子に仕上がっていて、桐壺の帖の「世の人、光君と聞こゆ。藤壺並びたまひて、御おぼえもとりどりなれば、輝く日の宮と聞こゆ」が思い浮かんだ。色使いも源氏物語らしさが出ていて、味も餡のほどよい甘さと食感もよかったです。
展示会場: 旧三井家下鴨別邸
作:Doutreleau Juliette
講評:京菓子なのかという意見もありそうな斬新さ。カルダモンをつかうなど、今までに無いような、新しい味、新しい香りがある。京菓子の先を行くみたいな感じだと思いました。しかしその一方で、形はシンプルで美しく、京菓子の「伝統」もしっかりと感じさせる。「伝統かつ先端」という京都文化を体現していると考え、その「次世代」を感じて選びました。
展示会場: 有斐斎 弘道館
作:久永 弘昭
講評:葛の食感とともに焼き焦がした風味がやや利いていて、今までにない味わいでした。ご本人が書いておられるように、栗と黒糖もあいまって、絶妙なバランスの良さを感じました。見た目はある意味シンプルで、表現を絞っているところに品の良さがあります。朱色の餡は炎にもみえ、また登場人物の愛のようにも思われて、食べることによって、心のなかに、複雑な思いや悲しみが広がるのも味わい深いものがありました。余韻のある菓子。
展示会場: 有斐斎 弘道館